逢いませんといえば、急度《きっと》逢っていると又争いになりました」
相「あゝ、こりゃからッぺた誠に下手だが、そう当る訳のものではない、それには白翁堂も恥をかいたろう、お前と其の女と二人で取って押えてやったか、それから何うした」
孝「さア余り不思議な事で、私《わたし》も心にそれと思い当る事もありますから、其の女にはおりゑ様と仰しゃいませんかと尋ねました所が、それが全く私《わたくし》の母でございまして、先でも驚きました」
相「ハヽア其の占《うらない》は名人だね、驚いたねえ、成程、フム」
 是より孝助はお國源次郎両人の手懸りが知れた事から、母と諜《しめ》し合わせた一伍一什《いちぶしじゅう》を物語りますると、相川も驚きもいたし、又悦び、誠に天から授かった事なれば、速《すみやか》に明日《あす》の朝遅れぬように出立して、目出度く本懐を遂げて参れという事になりました。翌朝《よくちょう》早天に仇討《あだうち》に出立を致し、是より仇討は次に申上げます。

        二十一

 孝助は図らずも十九年ぶりにて実母おりゑに廻《めぐ》り逢いまして、馬喰町の下野屋と申す宿屋へ参り、互に過《すぎ》し身の上の物語を致して見ると、思いがけなき事にて、母方にお國源次郎がかくまわれてある事を知り、誠に不思議の思いをなしました処、母が手引をして仇《あだ》を討たせてやろうとの言葉に、孝助は飛立つばかり急ぎ立帰り、右の次第を養父相川新五兵衞に話しまして、六日の早天水道端を出立し、馬喰町なる下野屋方へ参り様子を見ておりますると、母も予《か》ねて約したる事なれば、身支度を整え、下男を供に連れ立《た》ち出《い》でましたれば、孝助は見え隠《がく》れに跡を尾《つ》けて参りましたが、女の足の捗《はか》どらず、幸手、栗橋、古河、真間田《まゝだ》、雀《すゞめ》の宮《みや》を後《あと》になし、宇都宮へ着きましたは、丁度九日の日の暮々《くれ/″\》に相成りましたが、宇都宮の杉原町の手前まで参りますと、母おりゑは先《ま》ず下男を先へ帰し、五郎三郎に我が帰りし事を知らせてくれろと云い付けやり、孝助を近く招ぎ寄せまして小声になり、
母「孝助や、私の家《うち》は向うに見える紺《こん》の暖簾《のれん》に越後屋《えちごや》と書き、山形に五の字を印《しる》したのが私の家だよ、あの先に板塀があり、付いて曲ると細い新道のような横町《よこちょ
前へ 次へ
全154ページ中139ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング