捕方は伴藏を受取り、縄打って引立て行《ゆ》き、其の筋にて吟味の末、相当の刑に行われましたことはあとにて分ります。さて相川は孝助を連れて我《わが》屋敷に帰り、互に無事を悦び、其の夜《よ》は過ぎて翌日の朝、孝助は旅支度の用意の為《た》め、小網町《こあみちょう》辺へ行って種々《いろ/\》買物をしようと家《うち》を立ち出《い》で、神田旅籠町へ差懸る、向うに白き幟《のぼり》に人相|墨色《すみいろ》白翁堂勇齋とあるを見て、孝助は
「はゝアこれが、昨日《きのう》良石和尚が教えたには今日の八ツ頃には必ず逢いたいものに逢う事が出来ると仰せあった占者《うらないしゃ》だな、敵《かたき》の手掛りが分り、源次郎お國に廻《めぐ》り逢う事もやあろうか、何にしろ判断して貰おう」
 と思い、勇齋の門辺《かどべ》に立って見ると、名人のようではござりません。竹の打ち付け窓に煤《すゝ》だらけの障子を建て、脇に欅《けやき》の板に人相墨色白翁堂勇齋と記して有りますが、家の前などは掃除などした事はないと見え、塵《ごみ》だらけゆえ、孝助は足を爪立《つまだ》てながら中《うち》に入《い》り、
孝「おたのみ申します/\」
白「なんだナ、誰だ、明けてお入《はい》り、履物《はきもの》を其処《そこ》へ置くと盗まれるといけないから持ってお上《あが》り」
孝「はい、御免下さいまし」
 と云いながら障子を明けて中《うち》へ通ると、六畳ばかりの狭い所に、真黒《まっくろ》になった今戸焼《いまどやき》の火鉢の上に口のかけた土瓶《どびん》をかけ、茶碗が転がっている。脇の方に小さい机を前に置き、其の上に易書《えきしょ》を五六冊積上げ、傍《かたえ》の筆立《ふでたて》には短かき筮竹《ぜいちく》を立て、其の前に丸い小さな硯《すゞり》を置き、勇齋はぼんやりと机の前に座しました態《さま》は、名人かは知らないが、少しも山も飾りもない。じゞむさくしている故、名人らしい事は更になけれども、孝助は予《か》ねて良石和尚の教えもあればと思って両手を突き、
孝「白翁堂勇齋先生は貴方様《あなたさま》でございますか」
白「はい、始めましてお目にかゝります、勇齋は私だよ、今年はもう七十だ」
孝「それは誠に御壮健な事で」
白「まア/\達者でございます、お前は見て貰いにでも来たのか」
孝「へい手前は谷中新幡随院の良石和尚よりのお指図《さしず》で参りましたものでございます
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