いません、こりゃ狼藉者《ろうぜきもの》め何等《なんら》の遺恨で我に斬付けたか、次第を申せ」
曲「へい/\全く人違いでごぜえやす」
と小声にて、
「今この先で友達と間違いをした所が、皆《みんな》が徒党をして、大勢で私《わっち》を打殺《うちころ》すと云って追掛《おっか》けたものだから、一生懸命に此処《こゝ》までは逃げて来たが、目が眩んでいますから、殿様とも心付きませんで、とんだ粗相を致しました、何《ど》うかお見逃しを願います、其奴《そいつ》らに見付けられると殺されますから、早くお逃しなすって下されませ」
孝「全くそれに違いないか」
曲「へい、全く違《ちげ》えごぜえやせん」
相「あゝ驚いた、これ人違いにも事によるぞ、斬ってしまってから人違いで済むか、べらぼうめ、実に驚いた、良石和尚のお告げは不思議だなアおや今の騒ぎで重箱を何処《どこ》かへ落してしまった」
と四辺《あたり》を見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]している所へ、依田豊前守《よだぶぜんのかみ》の組下にて石子伴作《いしこばんさく》、金谷藤太郎《かなやとうたろう》という両人の御用聞《ごようきゝ》が駆けて来て、孝助に向い慇懃《いんぎん》に、
捕「へい申し殿様、誠に有難う存じます、此の者はお尋ね者にて、旧悪のある重罪な奴でござります、私共《わたくしども》は彼処《あすこ》に待受けていまして、つい取逃がそうとした処を、旦那様のお蔭で漸《ようや》くお取押えなされ、有難うございます、どうかお引渡しを願いとう存じます」
相「そうかえ、あれは賊かい」
捕「大盗賊《おおどろぼう》でござります」
孝「お父様《とっさま》呆れた奴でございます、此の不埓者め」
相「なんだ、人違いだなぞと嘘をついて、嘘をつく者は盗賊《どろぼう》の始りナニ疾《と》うに盗賊にもう成っているのだから仕方がない、直《す》ぐに縄を掛けてお引きなさい」
捕「殿様のお蔭で漸く取押え、誠に有り難う存じます、何《ど》うかお名前を承わりとう存じます」
相「不浄人を取押えたとて姓名なぞを申すには及ばん、これ/\/\重箱を落したから捜してくれ、あゝこれだ/\、危なかったのう」
孝「然《しか》しお父様、何分悪人とは申しながら、主人の法事の帰るさに縄を掛けて引渡すは何うも忍びない事でございます」
相「なれども左様《そう》申してはいられない、渡してしまいなさい、早く引きなされ」
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