召上がらねえが、お茶とお菓子と持って来て置け、先生|此方《こっち》へお出《い》でなせえ、こゝが女部屋で」
志「左様か、マア暑いから羽織を脱ごうよ」
伴「おますや、お医者様が入《いら》っしゃったからよく診《み》ていたゞきな、気を確《しっ》かりしていろ、変な事をいうな」
志「どう云う御様子、どんな塩梅《あんばい》で」
と云いながら側へ近寄ると、病人は重い掻巻《かいまき》を反《は》ね退《の》けて布団の上にちゃんと坐り志丈の顔をジッと見詰めている。
志「お前どう云う塩梅で、大方風がこうじて熱となったのだろう、悪寒《さむけ》でもするかえ」
ます「山本志丈さん、誠に久しくお目にかゝりませんでした」
志「これは妙だ、僕の名を呼んだぜ」
伴「こいつは妙な譫語ばッかり云っていますよ」
志「だって僕の名を知っているのが妙だ、フウンどういう様子だえ」
ます「私はね、此の貝殻骨から乳の所までズブ/\と伴藏さんに突かれた時の」
伴「これ/\何を詰らねえ事をいうんだ」
志「宜しいよ、心配したもうな、それから何《ど》うしたえ」
ます「貴方《あなた》の御存じの通り、私共夫婦は萩原新三郎様の奉公人同様に追い使われ、跣足《はだし》になって駈《かけ》ずり廻っていましたが、萩原様が幽霊に取付かれたものだから、幡随院の和尚から魔除の御札を裏窓へ貼付けて置いて幽霊の這入《はい》れない様にした所から、伴藏さんが幽霊に百両の金を貰って其の御札を剥《はが》し」
伴「何を云うんだなア」
志「宜しいよ、僕だから、これは妙だ/\、へい、そこで」
ます「其の金から取付いて今はこれだけの身代となり、それのみならず萩原様のお首に掛けてる金無垢の海音如来の御守を盗み出し、根津の清水の花壇に埋め、剰《あまつさ》え萩原様を蹴殺《けころ》して体《てい》よく跡を取繕《とりつくろ》い」
伴「何を、とんでもない事を云うのだ」
志「よろしいよ僕だから、妙だ/\ヘイそれから」
ます「そうしてお前、そんなあぶく銭《ぜに》で是までになったのに、お前は女狂いを始め、私を邪魔にして殺すとは余《あんま》り酷《ひど》い」
伴「どうも仕様がないの、何をいうのだ」
志「よろしいよ、妙だ、心配したもうな、これは早速宿へ下げたまえ、と云うと、宿で又こんな譫語を云うと思し召そうが、下げれば屹度《きっと》云わない、此の家《うち》に居るから云うのだ、僕も壮年の折《おり
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