わたくし》の方は聞いたばかり、証拠にならず、向うには殿様から、暇《ひま》があったら夜《よる》にでも宅《うち》へ参って釣道具の損じを直して呉れとの頼みの手紙がある事ゆえ、表沙汰にいたしますれば、主人は必ず隣へ対し、義理にも私はお暇《いとま》に成るに違いはありません、さすれば後《あと》にて二人の者が思うがまゝに殿様を殺しますから、どうあっても彼《あ》のお邸《やしき》は出られんと今日まで胸を摩《さす》って居りましたが、明日《あした》は愈々《いよ/\》中川へ釣にお出《いで》になる当日ゆえ、それとなく今日殿様に明日《あした》の漁をお止め申しましたが、お聞入れがありませんから、止むを得ず、今宵《こよい》の内に二人の者を殺し、其の場で私が切腹すれば、殿様のお命に別条はないと思い詰め、槍を提《さ》げて庭先へ忍んで様子を窺《うかゞ》いました」
相「誠に感心感服、アヽ恐れ入ったね、忠義な事だ、誠に何《ど》うも、それだから娘より私《わし》が惚れたのだ、お前の志は天晴《あっぱれ》なものだ、其の様な奴は突放《つきッぱな》しで宜《い》いよ、腹は切らんでも宜いよ、私《わたし》が何《ど》のようにもお頭に届《とゞけ》を出して置くよ、それから何うした」
孝「そういたしますると、廊下を通る寝衣姿《ねまきすがた》は慥《たしか》に源次郎と思い、繰出す槍先あやまたず、脇腹深く突き込みましたところ間違って主人を突いたのでございます」
相「ヤレハヤ、それはなんたることか、併《しか》し疵は浅かろうか」
孝「いえ、深手でございます」
相「イヤハヤどうも、なぜ源次郎と声を掛けて突かないのだ、無闇に突くからだ、困った事をやったなア、だが過《あやま》って主人を突いたので、お前が不忠者でない悪人でない事は御主人は御存じだろうから、間違いだと云う事を御主人へ話したろうね」
孝「主人は疾《と》くより得心にて、わざと源次郎の姿と見違えさせ、私《わたくし》に突かせたのでござります」
相「これはマア何ゆえそんな馬鹿な事をしたんだ」
孝「私《わたくし》には深い事は分りませんが、此のお書置に委《くわ》しい事がございますから」
 と差出す包を、
相「拝見いたしましょう、どれこれかえ、大きな包だ、前掛が入っている、ナニ婆《ばあ》やアのだ、なぜこんな所に置くのだ、そっちへ持って行《ゆ》け、コレ本の間《ま》に眼鏡があるから取ってくれ」
 と眼鏡を
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