しなければならぬと云《い》ふことを云《い》ひ聞かして帰《かへ》されたから、途方《とはう》にくれて其《そ》の嫁《よめ》が塩原《しほばら》の内井戸《うちゐど》へ飛込《とびこ》んで幽霊《いうれい》に出るといふのが潰《つぶ》れ初《はじ》めで、あの大きな家《うち》が潰《つぶ》れてしまつたが、何《なん》とこれは面白《おもしろ》い怪談《くわいだん》だらう」といふ話を聞いて、成程《なるほど》これは面白《おもしろ》い話だ、これを種子《たね》にして面白《おもしろ》い話をこしらへたいと思つたが、其《そ》の塩原多助《しほばらたすけ》といふ者が本所相生町《ほんじよあひおひちやう》に居《ゐ》たか居《ゐ》ないか、名《な》さへ始めて聞いた位《くらゐ》だから分《わか》らない。兎《と》に角《かく》本所《ほんじよ》へ行《い》つて探して見ようと思つて、是真翁《ぜしんをう》の家《いへ》を暇乞《いとまごひ》して是《これ》から直《す》ぐに本所《ほんじよ》へ行《ゆ》きました。
 さて是真翁《ぜしんをう》の宅《たく》を暇乞《いとまごひ》して、直《すぐ》に本所《ほんじよ》へ行《い》つて、少し懇意《こんい》の人があつたから段々《だん/\》聞いて見ると、二《ふた》つ目《め》の橋の側《そば》に金物屋《かなものや》さんが有《あ》るから、そこへ行《い》つて聞いたら分《わか》るだらうと云《い》ふ。それから其《そ》の金物屋《かなものや》さんで、名前は云《い》へないが、是々《これ/\》の炭屋《すみや》が有《あ》りましたかと聞くと、成程《なるほど》塩原多助《しほばらたすけ》といふ炭屋《すみや》があつたさうだが、それは余程《よほど》古いことだといふ。それでは塩原《しほばら》のことを委《くは》しく知つてゐる人がありませうかと云《い》つて聞いたところが、無《な》いといふ。何処《どこ》を捜《さが》しても分《わか》らない。其時《そのとき》六十九になる、仕事師《しごとし》の頭《かしら》といふほどではないが、世話番《せわばん》ぐらゐの人に聞くと、私《わたし》は塩原《しほばら》の家《いへ》へ出入《でいり》をしてゐたが、細《こま》かいことは知りませぬといふ。それでは塩原《しほばら》の寺《てら》は何処《どこ》でせうと聞いたところが、浅草《あさくさ》の森下《もりした》の――たしか東陽寺《とうやうじ》といふ禅宗寺《ぜんしうでら》だといふことでございますといふ。それから直《すぐ》に本所《ほんじよ》を出て吾妻橋《あづまばし》を渡つて、森下《もりした》へ行《い》つて捜《さが》すと、今《いま》の八|軒寺町《けんでらまち》に曹洞宗《さうどうしう》の東陽寺《とうやうじ》といふ寺《てら》があつた。門の所で車から下《お》りてズツと這入《はい》ると、玄関《げんくわん》の襖紙《からかみ》に円《まる》に十の字《じ》の標《しるし》が付《つ》いてゐる。はてな、これは薩摩様《さつまさま》のお寺《てら》ではないかと思ひました。門番《もんばん》の処《ところ》で花を買つて十|銭《せん》散財《さんざい》して、お墓《はか》を掃除《さうぢ》して下さい、塩原多助《しほばらたすけ》の墓《はか》は此方《こちら》でございませうか、私《わたし》は塩原《しほばら》の縁類《えんるゐ》の者でございますが、始めてまゐつたので墓《はか》は知りませぬから、案内して下さいと云《い》ふと、「へい畏《かしこま》りました」と云《い》つて墓《はか》へ案内して掃除《さうぢ》してくれましたから、墓《はか》の前に向《むか》つて私《わたし》は縁類《えんるゐ》でも何《なん》でもないが、先祖代々《せんぞだい/\》と囘向《ゑかう》をしながら、只見《とみ》ると、墓石《はかいし》を取巻《とりま》いて戒名《かいみやう》が彫《ほ》つてある。第《だい》一に塩原多助《しほばらたすけ》と深く彫《ほ》つてある。石塔《せきたふ》の裏《うら》には新らしい塔婆《たふば》が立つてゐて、それに梅廼屋《うめのや》と書いてある。どういふ訳《わけ》で梅廼屋《うめのや》が塔婆《たふば》を上《あ》げたか、不審《ふしん》に思ひながら、矢立《やたて》と紙入《かみいれ》の鼻紙《はながみ》を取出《とりだ》して、戒名《かいみやう》や俗名《ぞくみやう》を皆《みな》写《うつ》しましたが、年号月日《ねんがうぐわつぴ》が判然《はつきり》分《わか》りませぬから、寺《てら》の玄関《げんくわん》へ掛《かゝ》つて、「お頼《たの》み申《まう》します」といふと、小坊主《こばうず》が出て取次《とりつ》ぎますから、「私《わたし》は本所相生町《ほんじよあひおひちやう》二|丁目《ちやうめ》の塩原多助《しほばらたすけ》の縁類《えんるゐ》のものでございますが、まだ塩原《しほばら》の墓《はか》も知らず、唯《たゞ》塩原《しほばら》のお寺《てら》は此方《こちら》だといふことを聞伝《きゝ
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