待って居ました、所へ千駄木の植木屋九兵衞というものが参り、
 九「昨晩お嬢|様《さん》がお出《いで》になりましたから、私《わたくし》が何処《どこ》へでもお逃し申すようにするゆえ、金子《かね》の才覚をして来い」
 と云うので、態《わざ》とお梅の巾着の中に三両ばかり入れた儘置いて帰った。是が九兵衞の企《たく》みのある処でござります。此方《こちら》はまだ年が若いから、何の気も附かず、是は全くお梅から届けたものと心得て、前後《あとさき》の思慮も浅く、其の巾着の内へ、本堂|再建《さいこん》の普請金八十両というものを盗み出して押込み、これを懐へ入れて置いたのが、立上る機勢《はずみ》にドサリと落ちたから番頭はこゝぞと思って右の巾着を主婦《あるじ》の前へ突付けたり、鳶頭《かしら》にも見せたりして居丈高《いたけだか》になり、
 番「さ、粂之助、此の巾着が出る上は貴様がお嬢|様《さん》を殺したに相違あるまい」
 と責めつけたから、座中の人々互に顔と顔を見合せ、鳶頭も甲州屋の家内も実に驚いて、「よもや粂之助がお梅を殺して五十両という金子《きんす》を取りはすまい」とは思うが、金子《かね》が出た。見ると五十両ではなくして八十両の包み金《がね》、表書《うえ》には「本堂|再建《さいこん》普請金、世話人|萬屋源兵衞《よろずやげんべえ》預《あずか》る」と書いてあったから、誰より驚いたのは玄道和尚で、ぶる/\震えながら、
 玄「ま、これ粂之助、ま、此の金子《かね》は何うした」
 粂「はい/\申し訳がございませぬ」
 玄「これはまア……番頭さん、鳶頭、又御当家の御家内様まで、粂之助がお嬢様を殺して金子《きんす》を取ったろうという御疑念をお掛けなさるは御道理《ごもっとも》の次第でござる、なれども、此の儀に就《つ》いては私《わたくし》より少々粂之助へ申聞《もうしき》けたい事がござれど、少しく他聞を憚《はゞか》りまする故、何所《どこ》か離れたお居間はござりますまいか、余り人様のお出《いで》のない所を拝借いたしたいもので」
 内儀「はい/\、あの鳶頭、奥の六畳へ連れて行ったらよかろう、離れてゝ彼所《あすこ》が一番|静《しずか》でもあり人が行かないから」
 鳶「宜《い》いかね、大丈夫かえ和尚|様《さん》」
 玄「いえ、決して逃しは致しませぬから、御安心なすって……さア来い」
 と粂之助の手を執《と》って引立てる。粂之助は和尚の従者《とも》で来たのだから今日は耳こじり[#「耳こじり」に欄外に校注、「みじかいわきざし」]を差して居る、兄玄道に引立てられ、拠《よんどころ》なく奥の離座敷へ来るといきなり肩を突かれたからパッタリ畳の処へ伏しました。玄道和尚は開き直って、
 玄「これ粂、手前はまア呆れ返った奴じゃ、これ手前はな、御両親が相果《あいはて》てからと云うものは、私《わし》の手許に置いて丹精をしてやったのじゃないか……女子《おなご》の手もない寺へ引取り、十一の歳《とし》から私が丹精をして、読書《よみかき》から行儀作法に至るまで一通りは仕込んでやったが、何をいうにも借財だらけの寺へ住職をしたのが過《あやま》りで、なか/\然《そ》う何時《いつ》までも手前一人に貢いでやる訳にも往《ゆ》かぬから、不自由を堪《こら》えて御当家へ願い、住みこませると、長の歳月《としつき》御丹精を戴いた御主人様の大恩を忘れ、奉公人の身の上でありながら、御主人様の令嬢と不義いたずらをするとは、何と云う心得違の事じゃ、それで手前は武士の胤《たね》と云われるか、私も手前も、土井大炊頭《どいおおいのかみ》の家来|早川三左衞門《はやかわさんざえもん》の胤じゃないかい、私は子供の時分は清之進《せいのしん》と云うたが、どの人相見に観《み》せても、剣難の相があると云うたに依《よ》って九歳の折《おり》に出家を遂《と》げ、谷中|南泉寺《なんせんじ》の弟子になって玄道、剃髪《ていはつ》をしてから、もう長い間の事じゃ、其の後《ご》嘉永の始《はじめ》に各藩《かくばん》にて種々《さま/″\》の議論が起り、えろうやかましい世の中になった、其の折父早川三左衞門殿には正義を主張して、それはいかぬ、然《そ》ういう道理は無いと云うて殿へ御諫言《ごかんげん》を申上げたる処、重役の為に憎まれて遂には追放仰付けられた、お父様にはそれを口惜《くや》しゅう思召《おぼしめし》てか、邸《やしき》を出てから切腹をして相果《あいはて》られた、続いて母様もお逝去《かくれ》になる時の御遺言に、お前の弟粂之助はまだ頑是《がんぜ》もない小児《しょうに》、外《ほか》に頼る者もないに依って何卒《どうか》お前、丹精をして成人させて呉れとのお頼み、そこで私が寺へ引取って、十一から三ヶ年も貴様の面倒を見てやったが、今もいう通り何分|不如意《ふにょい》じゃに依って御当家へ願うたのも
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