《あまた》召使い、何暗からず立派に暮して居りました。すると子飼《こがい》から居《お》る粂之助《くめのすけ》というもの、今では立派な手代となり、誠に優しい性質《うまれつき》で、其の上|美男《びなん》でござります。嬢さんも最早|妙齢《としごろ》ゆえ、良《い》い聟《むこ》があったらば取りたいものと、お母《っか》さんは大事がって少しも側を離さないようにして置きましたが、どうも仕方がないもので、ある晩のことお母さんが不図目を覚まして見ると娘が居ない。
 「はてな、何処《どこ》へ行ったか知らん、手水《ちょうず》に行ったならもう帰りそうなものだが」
 と思ったが何時《いつ》まで経っても戻って来ない。
 母「はてな嬢ももう年頃、外に何も苦労になる事はないが、店の手代の粂之助は子飼からの馴染ゆえ大層仲が好《い》いようだが、事によったら深い贔屓《ひいき》にでもしていはせぬか知ら」
 とお母さんが始めて気が付いたけれども、気の付きようが遅かったから、もう間に合いませぬ。これが馬鹿のお母さんなら直《すぐ》に起き上って紙燭《ししょく》でも点《とも》し、から/\方々を開け散かして、「此の娘《こ》は何うしたんだよ」なんて呶鳴って騒ぐんだが、沈着《おちつ》いた方だから其様《そん》な蓮葉《はすは》な真似はしない、いきなり長羅宇《ながらう》の煙管《きせる》で灰吹《はいふき》をポン/\と叩いた。深夜のことゆえピーンと響いたから、お嬢さんは恟《びっく》りいたし、そっと抜足《ぬきあし》をして便所へ参り、ギーイ、バタンと便所から出たような音ばかりさせて、ポチャ/\/\と水をかけて手を洗い、何喰わぬ顔をして其の晩は寝てしまった。翌朝《よくあさ》になると、お母さんが直に鳶頭《かしら》を呼びにやって、右の話をいたし、一時《いちじ》粂之助の暇《ひま》を取って貰いたいと云う。鳶頭も承知をして立帰った後で、
 主婦「粂や、粂」
 粂「へい」
 主婦「あのお前のう、ちょいと鳥越《とりこえ》の鳶頭の処まで行ってくんな、用は行《ゆ》きさえすれば解る………私がそういったから来ましたといえば解るんだよ」
 粂「へい畏《かしこま》りました」
 何だか理由《わけ》は解らぬが、粂之助は直に抱《かゝえ》の鳶頭の処へやって来まして、
 粂「へい今日《こんち》は」
 鳶「いや、お上《あが》んなさい、宜《い》いからまアお上んなさい、ずうっと二階へ、梯子《はしご》が危のうがすよ、おいお民《たみ》、粂どんに上げるんだから好《い》い茶を入れなよ、なに、何か茶うけがあるだろう、羊羹《ようかん》があった筈だ、あれを切んなよ、チョッ不精な奴だな、折《おり》の葢《ふた》の上で切れるもんか、爼板《まないた》を持って来なくっちゃアいかねえ、厚く切んなよ、薄っぺらに切ると旨くねえから、己《おれ》が持って来いてったら直に持って来な、宜《い》いか、話の真最中《まっさいちゅう》はんまな時分に持って来ちゃアいけねえぜ」
 トン/\/\と梯子を上《あが》って、
 鳶「へ、今日《こんち》は」
 粂「何《な》んだかね鳶頭、お内儀《かみ》さんが、鳶頭の処へ行《ゆ》きさえすれば解るから、行って来いと仰しゃいましたから参りました」
 鳶「それは何《ど》うもお忙がしい処をお呼び立て申して済みませんね、粂どん実は斯《こ》ういう話だ、今朝ねお内儀さんから私へお人だ、何だろうと思って直《すぐ》に出掛けてってお目にかゝると、奥の六畳へ通して長々と昔噺が始まったんだ、鳶頭お前がまだ年の行《ゆ》かねえ時分から当家《うち》へ出入《でいり》をするねと仰しゃるから、左様でござえます、長《なげ》え間色々お世話になりますんで、なに其様《そん》な事は何うでも宜《い》いが、旦那が死んで今年で四年になるし、私も段々年を取るし、お梅ももう十七になる、来年は歳廻りが良《い》いから何様《どん》な者でも聟を取ったらよかろうと話をすると、いつでも娘が厭《いや》がる、他人様《ひとさま》から、斯ういう良《よ》い聟がありますと申込んでも厭がるもんだから、他人《ひと》が色々な事を云って困る、妙齢《としごろ》の娘が聟を取るのを厭がるには、何か理由《わけ》があるんだろう、なにそれは店の手代に粂之助という好《い》い男があるから事に依《よ》ったらあの好い男と仔細《わけ》でもありはしないか、と云いもしまいが、ひょっとして其様なことを云われた日には、世間の口にゃア戸が閉《た》てられねえ、ねえ鳶頭、と斯うお内儀さんがいうのだ、してみると何かお前さんとお嬢さまとあやしい情交《なか》にでもなっているように私《わし》の耳には聞えるんだ、宜《よ》うがすかい、それから、誠に何うもそれは御心配なことでというと、お内儀さんの仰しゃるには、粂之助も小さい時分から長く勤めて居たから、能《よ》く気心も知れて居るが、何分今|直
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