《あまた》召使い、何暗からず立派に暮して居りました。すると子飼《こがい》から居《お》る粂之助《くめのすけ》というもの、今では立派な手代となり、誠に優しい性質《うまれつき》で、其の上|美男《びなん》でござります。嬢さんも最早|妙齢《としごろ》ゆえ、良《い》い聟《むこ》があったらば取りたいものと、お母《っか》さんは大事がって少しも側を離さないようにして置きましたが、どうも仕方がないもので、ある晩のことお母さんが不図目を覚まして見ると娘が居ない。
「はてな、何処《どこ》へ行ったか知らん、手水《ちょうず》に行ったならもう帰りそうなものだが」
と思ったが何時《いつ》まで経っても戻って来ない。
母「はてな嬢ももう年頃、外に何も苦労になる事はないが、店の手代の粂之助は子飼からの馴染ゆえ大層仲が好《い》いようだが、事によったら深い贔屓《ひいき》にでもしていはせぬか知ら」
とお母さんが始めて気が付いたけれども、気の付きようが遅かったから、もう間に合いませぬ。これが馬鹿のお母さんなら直《すぐ》に起き上って紙燭《ししょく》でも点《とも》し、から/\方々を開け散かして、「此の娘《こ》は何うしたんだよ」なんて呶鳴って騒ぐんだが、沈着《おちつ》いた方だから其様《そん》な蓮葉《はすは》な真似はしない、いきなり長羅宇《ながらう》の煙管《きせる》で灰吹《はいふき》をポン/\と叩いた。深夜のことゆえピーンと響いたから、お嬢さんは恟《びっく》りいたし、そっと抜足《ぬきあし》をして便所へ参り、ギーイ、バタンと便所から出たような音ばかりさせて、ポチャ/\/\と水をかけて手を洗い、何喰わぬ顔をして其の晩は寝てしまった。翌朝《よくあさ》になると、お母さんが直に鳶頭《かしら》を呼びにやって、右の話をいたし、一時《いちじ》粂之助の暇《ひま》を取って貰いたいと云う。鳶頭も承知をして立帰った後で、
主婦「粂や、粂」
粂「へい」
主婦「あのお前のう、ちょいと鳥越《とりこえ》の鳶頭の処まで行ってくんな、用は行《ゆ》きさえすれば解る………私がそういったから来ましたといえば解るんだよ」
粂「へい畏《かしこま》りました」
何だか理由《わけ》は解らぬが、粂之助は直に抱《かゝえ》の鳶頭の処へやって来まして、
粂「へい今日《こんち》は」
鳶「いや、お上《あが》んなさい、宜《い》いからまアお上んなさい、ずうっと二階
前へ
次へ
全28ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング