御茶碗《おちやわん》でと一々聞いて先方《むかう》に云《い》はせなければなりませんよ、それからぽツぽと烟《けむ》の出るやうなお口取《くちとり》が出るよ、粟饅頭《あはまんぢう》か蕎麦饅頭《そばまんぢう》が出るだらう。弥「へえ、何人前《なんにんまへ》出るえ。長「何人前《なんにんまへ》なんて葬式《とむらひ》ぢやア有《あ》るまいし、菓子器《くわしき》へ乗せて一つよ。弥「たつた一つかア。長「がつ/\喰《く》ふと腹《はら》を見られるは。弥「ぢやア腹掛《はらがけ》をかけて往《い》きませう。長「フヽヽ其《そ》の桟留縞《さんとめじま》の布子《ぬのこ》に、それで宜《よ》い、袴《はかま》は白桟《しろざん》の御本手縞《ごほんてじま》か、変《へん》な姿だ、ハヽヽ、のう足袋《たび》だけ新しいのを持たしてやれ。弥「ぢやア往《い》つて参《まゐ》ります。と火《ひ》の附《つ》きさうな頭髪《あたま》で、年寄《としより》だか若いか分《わか》りません。長「随分《ずゐぶん》茶《ちや》の有《あ》る男《をとこ》だな……草履下駄《ざうりげた》を片《かた》ちんばに履《は》いて往《ゆ》く奴《やつ》があるか、狗《いぬ》がくはへて往《い》つた、外《ほか》に無いか、それではそれで往《い》け、醋吸《すすひ》の三|聖《せい》、孔子《こうし》に老子《らうし》に釈迦《しやか》だよ、天地《てんち》が唐物緞子《からものどんす》、中《なか》が白茶地《しらちやぢ》古錦襴《こきんらん》、風袋一文字《ふうたいいちもんじ》が紫印金《むらさきいんきん》だよ、瑾《きず》の事《こと》がにゆうだよ、忘れちやアいけないよ。弥「へい畏《かしこ》まりました。とぴよこ/\出掛《でか》けましたが、愚《おろ》かしい故《ゆゑ》萬屋《よろづや》五|左衛門《ざゑもん》の表口《おもてぐち》から這入《はい》ればよいのに、裏口《うらぐち》から飛込《とびこ》んで、二|重《ぢう》の建仁寺垣《けんねんじがき》を這入《はい》り、外庭《そとには》を通《とほ》りまして、漸々《やう/\》庭伝《にはづた》ひに参《まゐ》りますと、萱門《かやもん》が有《あ》つて締《し》めてあるのを無理に押したから、閂《かんぬき》が抜《ぬ》け、扉《とびら》が開《あ》く機《はず》みに中《なか》へ転《ころ》がり込《こ》み、泥だらけになつて、青苔《あをごけ》や下草《したくさ》を踏《ふ》み暴《あら》し、辷《すべ》つて転《ころ》んで石燈籠《いしどうろう》を押倒《おしたふ》し、松《まつ》ヶ|枝《え》を折《を》るといふ騒《さわ》ぎで、先程《さきほど》から萬屋《よろづや》の主人《あるじ》は、四|畳《でふ》の囲《かこひ》へ這入《はい》り、伽羅《きやら》を焼《た》いて香《かう》を聞いて居《を》りました。弥吉《やきち》は方々《はう/″\》覗《のぞ》いたが誰《だれ》も居《ゐ》ません。ふと囲《かこひ》へ眼《め》を附《つ》け、弥「此《こ》ん中《なか》に人が居《ゐ》るだらう。と怪《け》しからん奴《やつ》で、指の先へ唾《つば》を附《つ》け、ぷつりと障子《しやうじ》へ穴を開《あ》け覗《のぞ》き見て、弥「いやア何《なに》か喰《く》つて居《ゐ》やアがる。主人「これ、誰《たれ》か来《き》たよ……誰《だれ》だ、其処《そこ》へ穴《あな》を開《あ》けたのは、怪《けし》からん人だな、張立《はりたて》の障子《しやうじ》へぽつ/\穴《あな》を開《あ》けて乱暴《らんばう》な真似《まね》をする、誰《だれ》だな、覗《のぞ》いちやアいかん、誰《だれ》だ。弥「ハヽヽ何《ど》うか怒《おこ》つてやアがる、えヘヽヽ御免《ごめん》なさい。主人「これは驚《おどろ》いた……誰《だれ》か来《こ》いよ、変《へん》な人が来《き》たから……其処《そこ》は這入《はい》る処《とこ》ぢやア有《あ》りません、づか/\這入《はい》つて来《き》ちやアいけません。弥「門《もん》を破《やぶ》つて這入《はい》つた。主人「おゝ/\乱暴狼藉《らんばうらうぜき》で、飛石《とびいし》なぞは狗《いぬ》の糞《くそ》だらけにして、青苔《あをごけ》を散々《さん/″\》に踏暴《ふみあら》し、折角《せつかく》宜《よ》い塩梅《あんばい》に苔《こけ》むした石燈籠《いしどうろう》を倒《たふ》し、松《まつ》ヶ|枝《え》を折《を》つちまひ、乱暴《らんばう》だね……何方《どちら》からお入来《いで》なすつた。弥「アハヽヽ驚《おどろ》いちまつたな……コヽ予々《かね/″\》お招《まね》きになりました半田屋《はんだや》の長兵衛《ちやうべゑ》で。主人「へえー是《これ》は驚《おどろ》き入《い》つた、左様《さやう》とは心得《こゝろえ》ず甚《はなは》だ御無礼《ごぶれい》の段々《だん/″\》何《なん》ともどうも、是《これ》は恐縮千萬《きようしゆくせんばん》……何卒《どうぞ》是《こ》れへ/\速《すみや》かにお通《とほ》りを願ひ
前へ
次へ
全6ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング