ます、何卒《どうぞ》是《こ》れへ是《こ》れへ。弥「ハヽヽ狭《せま》つこい処《とこ》に這入《はい》つてるな……己《おら》ア手前《てめえ》に禁厭《まじなひ》を教《をし》へてやらうか。主人「ヘヽヽ御冗談《ごじようだん》ばかり……へえ成程《なるほど》……えゝ予々《かね/″\》天下有名《てんかいうめい》のお方《かた》で、大人《たいじん》で在《いら》つしやると云《い》ふ事《こと》は存《ぞん》じて居《を》りましたが、今日《けふ》は萬屋《よろづや》の家《うち》へ始《はじ》めて往《ゆ》くのだから、故意《わざ》と裏口《うらぐち》からお這入《はい》りになり、萱門《かやもん》を押破《おしやぶ》つて散々《さん/″\》に下草《したくさ》をお暴《あら》しになりました所《とこ》の御胆力《ごたんりき》、どうも誠に恐入《おそれい》りました事で、今日《こんにち》の御入来《ごじゆらい》は何《なん》とも何《ど》うも実《じつ》に有難《ありがた》い事《こと》で、大《おほ》きに身《み》の誉《ほま》れに相成《あひな》ります、何卒《どうぞ》速《すみや》かに此方《これ》へ/\。弥「私《わつち》アお前《めえ》にりん病《びやう》が起《おこ》つても直《ぢき》に療《なほ》る禁厭《まじなひ》を教《をし》へて遣《や》らう、縄《なは》を持つて来《き》な、直《ぢき》に療《なほ》らア。主人「はてな…へえゝ。弥「痳病《りんびやう》(尋常《じんじやう》)に縄《なわ》にかゝれと云《い》ふのだ。主人「えへゝゝ御冗談《ごじようだん》ばかり、おからかひは恐入《おそれい》ります、えゝ始めまして……(丁寧《ていねい》に辞儀《じぎ》をして)手前《てまへ》は当家《たうけ》の主人《あるじ》五左衛門《ござゑもん》と申《まう》す至《いた》つて武骨《ぶこつ》もので、何卒《どうか》一|度《ど》拝顔《はいがん》を得《え》たく心得《こゝろえ》居《を》りましたが、中々《なか/\》大人《たいじん》は知らん処《ところ》へ御来臨《ごらいりん》のない事は存《ぞん》じて居《を》りましたが、一|度《ど》にても先生の御入来《おいで》がないと朋友《ほういう》の前《まへ》も実《じつ》に外聞《ぐわいぶん》悪《わる》く思ひます所から、御無礼《ごぶれい》を顧《かへり》みず再度《さいど》書面《しよめん》を差上《さしあ》げましたが、お断《ことわ》りのみにて今日《けふ》も御入来《おいで》は有《あ》るまいと存《ぞん》じましたが、図《はか》らざる所《ところ》の御尊来《ごそんらい》、朋友《ほういう》の者《もの》に外聞《ぐわいぶん》旁《かた/″\》誠に有難《ありがた》い事で恐入《おそれい》ります……何《ど》うもお身装《みなり》の工合《ぐあひ》、お袴《はかま》の穿《はき》やうから更《さら》にお飾《かざ》りなさらん所と云《い》ひ、お履物《はきもの》がどうも不思議《ふしぎ》で、我々《われ/\》が紗綾縮緬《さやちりめん》羽二重《はぶたい》を着ますのは心恥《こゝろはづ》かしい事で、既《すで》に新《しん》五百|題《だい》にも有《あ》ります通《とほ》り「木綿《もめん》着《き》る男子《をのこ》のやうに奥《おく》ゆかしく見え」と実《じつ》に恐入《おそれい》ります、何卒《どうぞ》此方《こちら》へ/\。弥「お前《めえ》さんの処《とこ》から頼《たの》みが有《あ》つたので見に来《き》た。主人「それは誠に恐入《おそれい》ります。弥「手を揃《そろ》へてお辞儀《じぎ》をするんだが何《ど》うだい……此位《このくらゐ》で丁度《ちやうど》揃《そろ》つて居《ゐ》るか居《ゐ》ねえか見てくれ。主人「へゝゝゝ御冗談《ごじようだん》ばかり。弥「揚物《あげもの》が解《わか》るか、揚物《あげもの》てえと素人《しらうと》は天麩羅《てんぷら》だと思ふだらうが、長《なげ》えのを漸々《だん/″\》詰《つ》めたのを揚物《あげもの》てえのだ、それから早く掛物《かけもの》を出して見せなよ、破《やぶ》きアしねえからお見せなせえ、いんきんだむしの附着《くつゝ》いてる箱は川原崎《かはらさき》権《ごん》十|郎《らう》の書《か》いたてえ……えゝ辷《すべ》つて転《ころ》んだので忘れちまつた、醋吸《すすひ》の三|聖《せい》格子《かうし》に障子《しやうじ》に……簾《すだれ》アハヽヽヽ、おい何《ど》うした、確《しつ》かりしねえ。主人《あるじ》五左衛門《ござゑもん》は驚《おどろ》きまして太鼓張《たいこばり》のふすまを開《あ》けて、五「アツ。と口《くち》を開《あ》けたまゝ水屋《みづや》の方《はう》へ飛出《とびだ》しました。弥「おい……ハヽヽ彼方《あつち》へ逃《に》げて往《い》きやアがつた、馬鹿《ばか》な奴《やつ》だなア……先刻《さつき》むぐ/\喰《く》つてゐた粟饅頭《あはまんぢう》……ムンこゝに烟《けむ》の出《で》る饅頭《まんぢう》がある、喰《くひ》かけて
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