なたに来ていたゞいて極りをつけて貰ひたいと云つてよこしたんですから、わたし一人では帰らりやしないわ」と娘は泣き出しさうな顔して云つた。
「だからさ、頼む。金が無いんだからね、寺へ帰つたつてまた毎日のやうに怒つて来られたんでは仕事は出来ないし、結局また飛び出さなければならないことになるだらう。さうなると益々困るばかしだ。お前のとこだつてそれだけ迷惑が大きくなる訳だからね。それにどうしてもこの原稿だけは今度片附けて了ひたい。これさへ片附けると、どんな方法でも講じて金を拵へて帰るからね、もう一度一週間か十日ばかしの間我慢して呉れつて、お前が帰つてさう云つて頼んで呉れよ。ね、いゝだらう?」私は斯う繰返したが、娘は承知しなかつた。
「そんならいゝわ、わたしどこまでもついて行くから。そしてお金の出来る間待つてゐるから」と、娘は私が相当に金の用意がしてあると思つたらしく、離れた小さな眼に剛情な色を見せて云ひ出した。
「そんならさうしなさい。しかし僕はこれから御殿場の方へ行くつもりなんだぜ。それでもいゝかね?」
「よござんすわ。うちでもさう云つてよこしたんですから、構はないわ」
その晩は泊つて明朝発
前へ
次へ
全38ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
葛西 善蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング