つつもりだつたのだが、相手になつてるのがうるさくなつて、私はかなり酔つてもゐて大儀だつたが、宿の勘定を済まして外へ出た。斯うは云ひ張るものゝまさか娘は汽車までついて来るやうなこともあるまいと私はたかをくゝつて歩るきながら冗談など云ひかけたが、娘の様子が真気らしくもあるので、私は少し怖くなりかけた。東京行きの汽車が間もなくやつて来た。汽車の音を聞きながら、
「ほんとに行く気なんか?」と、私は念を押さずにゐられなかつた。
「ほんとですとも。あなたが帰つて下さらないんですもの……」と、娘は泣き出しさうな顔しながらも、思ひ詰めた眼付を見せて云つた。
「ぢやあ二枚買ふよ」
「いゝわ、汽車賃位ゐはわたしのとこにもありますから」
私はまたも狐につまゝれたやうな気持で、一枚を娘に渡して改札口を出て汽車に乗り、向ひ合つて腰掛に座つた。娘は紡績に汚れた銘仙の羽織を着た平常の身装であつた。「いや大船まで行つたら、下りると云ひ出すだらう。しかし下りないとなると困つたことだぞ」と、汽車が動き出すと私も不安になつた。ほんとにあのいつこく者の親父にどこまでもついて行けと云ひつけられて来たのかも知れないと思ふと、不
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