校の建物にぶつかつたり、やう/\一人の百姓に会つて、あれがさうだと茅葺屋根の家を教へられて麦畑の中を行つて見ると違つた人の名札であり、それから諦めて引返しかけると、他所行きの身装をした百姓の内儀さんらしい女に会つて、東京の人の別荘ならもつと先だと教へられ、今度こそはと松林の中など通つて行つて見ると、新らしい建物の玄関が締つてゐて門内には下駄の跡もないので、それでは東京へ引揚げてゐるのだらうと引返しかけたが念の為めに門前の百姓家に声をかけて訊いて見ると、さつきの茅葺屋根の家の前の小径を下りて沼の畔に出るのだと教へられた。
「Sさんは此頃お見えになつてるやうですか?」と、私はその爺さんに訊いた。
「二三日前にお見かけしましたが、多分居りますでせう」
もうすつかり暮色が立こめてゐた。私はまた引返して麦畑の中を通つてさつきの茅葺屋根の家の前の小径を下りて行つたが、かなりの大きさらしい沼を前にして、一軒の百姓家に並んでS氏の質素な建物の別荘があつた。斯うしてやう/\のことで尋ね当てたが、勇気が挫けて、しばらく玄関の外に立つてゐたが、思ひ切つて声をかけた。すると年増の女中らしい人が出て来て、
「
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