かし何でせう、斯う云ふことの後ですからねえ、却つてお気持よくお発ちになつた方がいゝでせうが」と、お内儀も穏かな調子で云つた。
「さうですね。ではやつぱし発つことにしませう」
私も斯う云つて、気持よくそのM屋を出た。
五
一時幾らの汽車で助川を発つたのであつたが、ふと思ひついて、かなり躊躇されたのであつたが、途中のA駅で下りた。そこには私には未見の人ではあるがS氏と云ふ有名な作家が別荘生活をしてゐる。私はその人を訪ねて、事情を話してどこか宿屋を紹介して貰はうと思つたのだ。余りに残念でもあり、弟夫婦に会はせる顔もない気がされるのだ。停車場前に俥がゐないので、私は道を訊ねて歩るいて行つた。五時近くで寒い風が吹いてゐた。寂れた感じの町であつた。四五町も行つて、教へられた火の見櫓の下から右に細い路を曲つて畠へ出て、ぬかるみの路を二三町来てまた右に岐れて沼の方へとだら/\と下りて行つたが、すぐそこの百姓家の上の方にペンキ塗の小さな建物があるので、多分それだらうと思つて垣根の廻りを一廻りしたが、門らしいものがなく、人の住んでるらしい気配もないので、また畠の中の路に出て、それから小学
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