を喰べて、午後の二時頃までと決心を極めて、机の上の原稿紙を風呂敷につゝみ、静座をして心を落付けてゐた。
 が一時近い頃であつた、女中が廊下を駈けて来て、「来ましたよ!」と云つて電報為替の封筒を持つて這入つて来た。来たのが不思議だと云つた顔して私の顔を視た。
「幾ら来たの?」と、女中は田舎者の馴れ/\しさで云つた。
「二十円と云つてやつたんぢやないか」と、私も嬉しさを隠して当然のことのやうに云つた。
 早速質受けを頼んだ。あとに十円残る勘定である。昨日内田に断つてよかつたと思つた。私はこの金を宿に渡して、東京の本屋と交渉を始めようかとも思つて見た。この宿の人達は私の気に入つてゐた。私はやはりこの宿で原稿を書きあげて帰らうかとも思つた。このまゝ空手で帰るのが如何にも残念に思はれ、またこゝを出てどこに落付けると云ふ当もない気がした。が一方またこれ以上こゝに踏み止まると云ふことは、少し駄々張り過ぎるやうな気もされた。
「どうしたものでせう、僕その金を渡して置いて、その間に別なところから金を取寄せて仕事を片附けて帰りたい気もするんですがねえ?」と、お内儀に相談的に云つて見た。
「さうですねえ、し
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