逢はずの行きか、寒い月夜のかとう節」と云つたものであつた。考へて見たが今度は判断がつかなくなつた。いよ/\明日は警察の厄介になるか、万年筆眼鏡兵古帯古帽子など屑屋に売払つて木賃宿へ行き改めて手紙を出すか、その二つの手段ほかないと思つた。それにしても弟から何の信りもないと云ふことが不審であつた。内田も居ることだし、いかに何でもまさか斯んな目に会つてることゝは思ふまいから、それで放つてあるのか、それとも勤め先きの用事で留守にでもして細君が途方に暮れてゐるのか、さうでもなければ何とか信りがある筈なのだが、やはりもつと底まで落込めとの神の戒めかとも思はれた。警官との応待、留置場で慄えてゐる姿、木賃宿で煎餅蒲団にくるまつてゐる光景など想像された。それも、そんな世界も死んだ従兄も一度は通つたのだと思ふと、満更親しみのない場所ではない気がされて、従兄のことが新らしく思ひ出されたりした。それにしても生憎の雨のことが気になり出した。雪にでもなつてゐたら敵はないと思ひながら寝床に就いたが、翌朝起きて見ると空はカラリと霽れあがつて、日が暖かく窓に射してゐたので、私は兎に角今日の天候に感謝した。そして遅い朝飯
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