彼は例の調子で、店さきで私の風体をじろ/\視ながら、冷笑を浮べて云つた。
「なあに大したことぢやないさ。普通のことだよ」と、私も相手を冷笑の気持で云つた。
「君等には普通のことか知れないが、吾々の眼から見てはまるで無茶だね。そんな非常識な人間の相手は出来ないよ。なぜ東京へ帰らないんだ。愚図々々してゐてはもつとひどいことになるんだと云ふことがわからないのかねえ……」
「わからないね。それに斯んな態で東京へも帰られはしないよ」
「今どこに居るんだ?」
「M屋に居る。……それで」と云つて、私は今電報を待つてる事情を述べ、万年筆を提供するから五円貨して呉れと云つた。
「今夜にも屹度来るんだよ。金の来る来ないが別としても、返事だけは屹度来る筈なんだからな。何しろ手紙を出してる間が無かつたんで、電報でばかし居所を云つてやつてあるんで、そんなことで行違ひが出来てるのかも知れないが、しかし屹度今夜にも来ると思ふから……」
「M屋の勘定が幾ら位ゐになつてゐるんだ?」
「十円ばかし……」
「それではその十円と汽車賃だけあると東京へ帰れるんだね?」
「まあまあさうだな」
「それでは万年筆をよこせ。あとはM屋
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