たが、やはり五六枚書くと後が続かなかつた。午後の三時頃まで待つたが返事がないので、またお内儀がやつて来た。
「もう一晩だけ! 屹度返事が来る筈になつてるんですから……」
私は袷も脱ぎ、綿入一枚へ宿の褞袍を着て、質入れを頼むと十円借りて来た。それで今明晩の宿料を払つた。そしてまた電報を打つた。晩酌の時の辻占は、花の方に誠があればいつか鳥だつて来て啼くだらうと云つた意味のやはり心細いものであつた。
三日目は朝から曇つた寒い日であつた。いよ/\明朝こそは否応なしに出なければならないのだ。午後の三時頃まで待つたがやはり何の信りもなかつた。今日のうちに警察の保護を願つて電話をかけて貰はうかとも思つたが、その前にもう一度内田に頼んで見ようと思つて、これが最後の財産の万年筆を懐ろにして出かけて行つた。警察署は宿から五六軒離れてゐた。そこの、これも鉱山の寄附だと云ふ銅で出来た門や柵を眺めながら、内田との結果で今にもそこをくぐらねばならぬことを考へて、綿入れ一枚の自分の姿がさすがに惨めに顧られた。
「まだ居たのか?……たうとう君は兄さんに借りたさうだね。どこまで押しが太いんだか、おつ魂消た話だよ」と
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