が、少し間違ひが出来て持物を取られてやつて来た訳なんだがね、決して怪しい者ではないから、東京へ手紙を出して返事の来る間二三日置いて貰ひたいと思ふんだが、どうだらう、一寸番頭さんに来て貰ひたいんだが?……」
お膳が出て、酒を一二本ばかし飲んだところで、京都弁の若い女中に斯う云つて頼んだ。主人も奉公人もすべて京都から来てるのださうで、出て来た若い番頭も京都弁で、
「いや実は私はまだ来たばかしのものでござんして、斯う云ふことにはよう慣れませんもんやで、ほかの者をよこしますよつて……」番頭は私の話を聞いたが、斯んなやうなことを云つてはこそ/\出て行つた。
「いや、君のところが一番こゝでは大きい家と見込んでやつて来た訳なんだがなあ」と私は後姿を見送りながら云つたが、最早望みがないと思つた。
今度は印半纏の客引の男が来たが、
「それでは今夜一晩だけお宿をしますから、明日はお宿替へを願ひたいと云ふことで、主人の方ではさう申して居りますので……」私が幾度も同じやうなことを云つて頼んだが、先方でもやはり斯ういつまでも同じことを繰返した。
「どうもそれでは仕方がないな」と、私も云ふほかなかつた。
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