出した。
「いや、袴はいゝですから……」と云つて、帳場机の上の銭箱から出して、私の前に置いた。
私はそれを懐ろに入れると、逃げるやうにしてそこを出た。乗客以外にも通行出来るやうになつてゐる駅の架橋を渡つて行くと、中程の改札口のところに外套を着た鳥打帽の人相の好くない男が二人も立つてゐて、私の風体をじろ/\睨むやうに視た。この四五日前にもまた鉱山で三百人からの坑夫を解傭したので、万一を警戒してゐる刑事だなと、私にもすぐ感じられた。停車場前の駄菓子や蜜柑など並べた屋台店の火鉢に婆さんと話してゐる印半纏の男、その前で自転車を乗り廻してゐる同じ風体の男に、
「G館はどつちでしたかね?」と訊くと、
「G館?……」と、二人の男はほとんど同時に斯う云つて、私の顔に近寄つて来さうな風を見せたので、私もハツと気がついてさつさと通り過ぎた。
十年ばかし前に一泊したことのあるG館へと暗い海岸の砂路を歩るいて行くと、すぐそこに近年新らしく普請された鉱山の御用旅館の広い玄関が眼に入つたので、却つて大きな家の方が話が解るだらうと思ひ直して、そこへ這入つて行つた。
四
「僕はS閣に滞在してゐたんだ
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