にも雪でも降り出しさうな、寒い厭な天気だつたので、私はまた一時間ばかし汽車に乗つて助川駅に下りた。そして町の方に小さな呉服屋を出してゐる内田を訪ねて行つた。
場末の、小さな茅葺屋根の家で、店さきの瀬戸物の火鉢を前にして、内田は冴えない顔色してぼんやり往来を眺めてゐた。小さな飾窓には二三反の銘仙物や半襟など飾られ、店には安物の木綿縞やネルなど見すぼらしく積まれてゐた。七八年前彼が兄の家から分家して開店した時分私が一寸訪ねたことがあつたが、その時分と較べてさつぱり品物が殖えたやうにも見えなかつた。
「どうして来たの?」と、彼は私の顔を疑ぐり深い眼して視ながら云つた。
「いや実は……」と私は訪ねて来た事情を話して、「そんな訳だからどこか十日ばかし置いて呉れるやうな宿屋を案内して貰ひたいんだがね……」
「まあそれではあがり給へ」と云つて、次ぎの室の長火鉢の傍へあげた。
この前会つた細君を離縁して、一昨年小学教師の娘の若い細君を貰つたが、半月程前女の子を産んだと云つて、細君は赤んぼと蒲団に寝てゐた。近所から手伝ひに来てゐる細君の妹だと云ふ十七八の娘が酒の用意をした。内田は飲めない方だが私の相
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