ら歩るくことにした。神楽坂で原稿紙やインキを買つた。
「近所の借金がうるさくて仕様が無いので、どこかに行つて書いて来るつもりだ。……大洗の方へでも行かうと思ふ」と、私は弟に云つた。
「うまく書けるといゝですがねえ……」と、斯うした私の計画の度々の失敗を知つてゐる弟は、不安な顔して云つた。
 その晩は弟夫婦の借間の四畳半で弟と遅くまで飲み、その翌日も夕方まで飲んで、六時過ぎ頃の汽車で上野を発つた。水戸へ着いたのは十一時頃であつた。すぐ駅前の宿屋へ飛び込んだ。
 駅前から大洗まで乗合自働車も通つてゐるが、私はやはり那珂川を汽船で下らうと思つた。大洗のK楼と云ふ家に十三年前――丁度Fが郷里で生れた年、半年余り滞在してゐたことがある。やはり無茶な日を送つてゐたものであつた。その家を指して行つて見ようと思つた。川の両岸の竹藪や葦、祝町近くの高い崖、海運橋とか云つた高い長い橋、茶屋と貸座敷ばかし軒を並べた古めかしい感じの祝町を通つて、それから数町の間の松林の中の砂路――それらが懐かしく思はれないでもないのである。が朝一泊の宿料を払つて見ると、私の財布の中が余りに心細く思はれ出した。それに曇つた、今
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