たが、私はその時分家を持つてゐたのだつたけれどひどい困窮の場合で、その工面がつかなかつた。その結果二人はやはり今度のやうな罵り合ひの状態で物別れになり、私の方では絶交のつもりであつた。ところが昨年の夏、団体で横須賀へ軍艦の進水式を見に来た序でだと云つて、十四五人の同勢と突然に訪ねて来た。ビールなぞ飲んで一時間ばかり休んで行つた。それから二度東京へ出た序でだと云つて訪ねて来て、半日位ゐ遊んで行つた。
「それではやつぱし、鎌倉へ来たのもたゞ遊びに来たのではなく、割前の貸しを請求するつもりで来たのだが、さすがに云ひ出せなくて帰つたのかも知れないな」と、私は思ひ当る気がした。
私はまた兄さんと店さきで話した。
「何しろ非常に激昂してゐて駄目なんですがね。あなたに行つていたゞいても駄目だらうと思ひますよ。それで、先刻も話したやうな訳で今度はどうしても書かずには帰れないやうな事情になつて居るので、東京の本屋に版権でも売つて金を取寄せることにしますから、二三日滞在するだけの金を――十五円ばかし貸していたゞけないでせうか。値ひは無いんですけど羽織と袴をお預けすることにしますから……」私は内田の方は諦
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