ら、兎に角出て頂きます」お内儀は斯う云つて内田が残して行つたと云ふ羽織だけ持つて来た。
「内田さんだから羽織だけでも置いて行つたんで、警察の立合となると何一つだつて残しやしませんよ」
「しかしその方がまだ気持がよかつた。それであの品物は内田君が持つて行つたんですね?」
「え持つて行きましたよ」
「さうですか。それでは兎に角内田の兄さんとこへでも行つて話して見よう。何しろ馬鹿々々しい話だ」
「さうですねえ、兄さんにはまた兄さんだけの考へもありませうから」と、お内儀も幾らか同情したやうな調子で云つた。

     三

 兄さんの家は停車場近くであつた。その辺は鉱山と同時に新らしく開けた、長家風の粗末な建物がごちや/\軒を並べたやうな町であつた。店さきに座つてゐた四十一二の兄さんは「まあおあがり……」斯う云つて私を奥へ案内しかけたが、先刻と同じやうに険悪な顔した内田が奥から出て来て、私を外へ引張り出した。
「何しに来たんだ?」
「兄さんへでも相談して見ようと思つて来たさ」
「兄さんなんか相手にするもんか。それよりも東京へ帰つたらいゝだらう」
「帰られはしないよ。それに汽車賃だつてありやしな
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