いさ」
「汽車賃位ゐなら貸してやらう」
「ご免だ」
「そんなら勝手にするさ。しかしこれ以上はどんなこと云つて来たつて俺の方では相手にしないからね、そのつもりでゐ給へ。営業妨害だよ。君なんかの相手になつてゐられるもんか」彼は斯う云ひ棄てゝ歩るいて行つた。
 何と云ふ可笑しな男だらう、しかし自分なんかの生活では有勝ちのことなんだが、あの男にとつては非常に真剣な一大事なのかも知れないと思ふと、彼の後姿を見送つて、私には苦笑以上に憤慨の気も起らなかつた。そして店さきに引返して土間の腰掛に腰をかけながら、兄さんに今度の事情を話した。
「そんな訳なもんですから、これから手紙を出して金を取寄せる間、二三日のところどうかしたいと思ふんですけど、それで内田君が持つて来た品物を質入れした内から十五円ばかり借りたいと思ふんですけど、何しろ内田君はひどく激昂してゐるんで、それであなたから何とか内田君に話して貰ひたいと思ふんですが……」内田も多分品物は宿屋に渡してあることゝ思はれたが、此際斯う云ひ出すほかなかつた。
「あれは何しろあの通りいつこくな奴でして、商売上のことでは私の方でも干渉もするし、また干渉もせず
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