「そんなこと出来やしないよ。こんなことで東京へ帰られやしないぢやないか。だから斯んなことにして呉れないか。どうしてもこゝで厭だと云ふんだつたら、僕は他の旅館へ行つて二三日滞在して金を拵へることにするから、その間の費用として十五円ばかし心配して呉れないか。外套を質に置くか、それでなかつたら町の方の安い宿屋へ二三日のところ話して呉れないか」と私は懇願的に出た。
「真平ご免だ」と、彼は勝誇つた調子で云つた。
「ご免だと云つて、それならば僕の方でも金は拵へて払ふから品物を渡すのはご免だよ」
「それならば俺の方でもこゝの保証はご免蒙るよ」
「それは勝手だ。僕の方では警察にでも立合つて貰ふから。その方がまだ気持がいゝよ」
 お内儀も這入つて来て二人の問答の間に口を入れたりしたが、やつぱし内田の方から断らせるやうに宿へ話し込んだものに違ひないことが明瞭になつて来た。彼としてはこゝで突放すのが一番有利だと思へるのも尤もでもある。それで話が難かしさうになると、彼はさつさと室を出て行つた。無理解と云ふ以外に私のやうな職業に対する反感も手伝つてゐるやうに見えた。
「私の方では内田さんと話がついたのですか
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