が無いなあ。ぢや兎に角さう云ふことにして呉れ」と云つて、私は外套と羽織と時計の三品を出した。
「外套は暮に百円で拵へたばかしなんだぜ」
「だつて質屋へ持込むとなると幾らも貸しやしないよ。この銘仙の羽織なんか幾らになるもんか。時計は幾ら位ゐしたものなんだ?」
「買ふとなると二十五円もするが」と私はすつかり愛想の尽きた投げ出した調子になつて云つた。
彼がその包みを持つて帳場へ下りて行つた後私は一人で煙草を自棄に吸ひながら、先刻の幸福な気分のすぐ後だつたゞけに、自分に対して皮肉な気持を感じない訳に行かなかつた。が何しろ相手は細かしい商人なんだからと思ひ返した。お内儀が気にした人相のことなど考へられた。突出た狭い額、出歯の醜い歯並、尖つた頤、冴えない顔色、一重瞼の吊りあがつた因業さうな眼付――が兎に角自分が頼りにして来たのがいけなかつたのだ。帳場へ行つてどんな風に話をしてゐるのかと疑はれる気もしたが、やつぱし帰つて来ると、
「帳場では幾らか内金を入れても君のやうなお客はご免だと云ふから、兎に角君はこれから東京へ帰つて金を拵へて来るか、金を送るかどつちかにしたらいゝだらう」と卒気なく云ひ放つた
前へ
次へ
全38ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
葛西 善蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング