買物位ゐはしてるんですが、あの内田さんの方とはそんなこともないんですからね……」とお内儀は厭な顔して云つて、内田のこともひどく見縊つた様子を見せた。
「いや決して御迷惑をかけるやうなことはありませんから。少し急ぎの仕事があつて来たのですが、この通りあと五六日で書きあがるのですから……」と、私は茶湯台の上の原稿を見せて弁解するやうに云つた。
「一体内田さんとはどんなお知合なんですか……お友達でゝも?」と、お内儀は二人の職業や風体の相違から二人の関係を不審に考へてる風でもあつた。
「え、旧い友人なんですよ」と、私は云ふほかなかつた。
「あの人、兄さんや親御さんたちともちつとも似てゐませんね」
「さうですか。僕親御さんたちのことはよく知らないが、兄さんとは似てゐないやうだけど、親御さんたちともさうですか」
「えゝ親御さんたちもあんな顔はしてゐませんよ」お内儀は斯んなやうなことまで云つてお膳をさげて出て行つた。
 内田の人相のことなど余計な話ぢやないかと、私は鳥渡した反感を抱かされたが、兎に角内田も余り信用されてなさゝうなのが心細く思はれた。が今の自分の話でお内儀は納得したことゝ思つて机に向つてゐると、夕方内田は気忙しさうな様子でやつて来て、
「こんな手紙が来たよ」と、宿からの手紙を懐ろから出した。
「さうか。やつぱし何とかやかましいことを云つてるのか」と、私は手紙を読んで見たが、成程なか/\鹿爪らしい文句を並べ立てゝゐた。毎晩遅くまで酒を飲み、日中もおやすみになり――云々と云つたやうな文句も見えた。
「この通りやう/\書き始めたところなんだから、もう五六日のところ君から話して呉れよ」
「何枚位ゐ出来たんだ?」
「いや昨晩から書き出したんでまだ六七枚しか書いてないが、これからずん/\書けるんだから」
「ぢや兎に角帳場へ行つて話して来よう」
 それで、五六日延期と云ふことになり、其後二晩ばかし徹夜などして十五六枚まで書き続けたところ、パツタリと筆が進まなくなつた。晩酌をやめたり徹夜なんかの習慣がほとんどなかつたのに、二晩も続けた為めに頭も身体の調子もすつかり狂はして了つた。一二日ぼんやり机の上を眺めてゐたが厭になつて原稿を破ぶいて了つた。その晩私は自棄気味で酒を飲んでゐると内田がやつて来た。
「気に入らなくて破ぶいたが二三日にも二三十枚でも書きあげるつもりだから心配するなよ。
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