いよ/\敷金切れ、滞納四ヵ月という処から家主との関係が断絶して、三百がやって来るようになってからも、もう一月《ひとつき》程も経っていた。彼はこの種を蒔いたり植え替えたり縄を張ったり油粕《あぶらかす》までやって世話した甲斐もなく、一向に時が来ても葉や蔓ばかし馬鹿延びに延びて花の咲かない朝顔を余程皮肉な馬鹿者のようにも、またこれほど手入れしたその花の一つも見れずに追い立てられて行く自分の方が一層の惨《みじ》めな痴呆者《たわけもの》であるような気もされた。そして最初に訪ねて来た時分の三百の煮え切らない、変に廻り冗《くど》く持ちかけて来る話を、幾らか馬鹿にした気持で、塀いっぱいに匐《は》いのぼった朝顔を見い/\聴いていたのであった。所がそのうち、二度三度と来るうちに、三百の口調態度がすっかり変って来ていた。そして彼は三百の云うなりになって、八月十日限りといういろ/\な条件附きの証書をも書かされたのであった。そして無理算段をしては、細君を遠い郷里の実家《さと》へ金策に発《た》たしてやったのであった。……
「なんだってあの人はあゝ怒ったの?」
「やっぱし僕達に引越せって訳さ。なあにね、明日《
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