、実は何です、それについて少しお話したいこともあるもんですから、一寸まあおあがり下さい」
 彼は起って行って、頼むように云った。
「別にお話を聴く必要も無いが……」と三百はプンとした顔して呟きながら、渋々に入って来た。四十二三の色白の小肥りの男で、紳士らしい服装している。併《しか》し斯うした商売の人間に特有――かのような、陰険な、他人の顔を正面《まとも》に視れないような変にしょぼ/\した眼附していた。
「……で甚だ恐縮な訳ですが、妻《さい》も留守のことで、それも三四日中には屹度帰ることになって居るのですから、どうかこの十五日まで御猶予願いたいものですが、……」
「出来ませんな、断じて出来るこっちゃありません!」
 斯う呶鳴《どな》るように云った三百の、例のしょぼ/\した眼は、急に紅い焔でも発しやしないかと思われた程であった。で彼はあわてて、
「そうですか。わかりました。好《よ》ござんす、それでは十日には屹度越すことにしますから」と謝まるように云った。
「私もそりゃ、最初から貴方を車夫馬丁同様の人物と考えたんだと、そりゃどんな強い手段も用いたのです。がまさかそうとは考えなかったもんだから
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