俥を呼びあげることになつた。そして、馬返しと日光の間の清瀧の古河製銅所の病院へ、中禪寺から電話で交渉して呉れた。
「俺はこゝにゐたいんだがなあ、山をさがりたくはないなあ……」
 自分は眼を開くのも退儀な氣持で、斯う駄々子らしく枕元のおせいに呟いたが、ふと――くみかはしけり別れの酒を――あの好青年の殘して行つて呉れた歌が頭に浮んで來て、自分はほゝ笑ましく温かい氣持から、合はした瞼の熱くなるのを覺えた。



底本:「子をつれて 他八篇」岩波文庫、岩波書店
   1952(昭和27)年10月5日第1刷発行
   1987(昭和62)年4月8日第7刷発行
底本の親本:「葛西善藏全集」改造社
   1928(昭和3)年
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:蒋龍
校正:林 幸雄
2009年10月8日作成
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