日を送つてゐる彼には、最初この家の陰気で静かなのが却《かへ》つて気安く感じられたのであつたが、それもだん/\と暗い、なやましい圧迫に変つてゐるのであつた。
予備士官は三十二三の、北国から出て来たばかりの人であつた。終日まつたく日のさゝない暗い室にとぢこもつてゐて、何をしてるのとも想像がつかなかつた。大きな不格好《ぶかつかう》な髪の薄い頭をして、訛音《なまり》のひどい言葉でブツ/\と女中に何か云つてることもあつた。時々汚ない服装《なり》の、ひとのおかみさんとも見える若い女が訪ねて来ることがあつたが、それが近所の安淫売《やすいんばい》だつたと云ふことが、後になつて無口の女中から漏《も》らされてゐた。
それがつい……まだ幾日も経《た》つてゐないのであつた。ある朝女中が声をひそめて「腸がねぢれたんださうですよ……」と軍人の三四日床に就《つ》き切りであることを話してゐた。それから一両日も経つた夕方、吊台《つりだい》が玄関前につけられて、そして病院にかつぎこまれて、手術をして、丁度八日目に死んだのである。腸の閉鎖と、悪性の梅毒に脊髄《せきずゐ》をもをかされてゐたのであつた。
また隣室の若い細
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