でゐるのに見入つてゐることがあつた。そして気がついて、日のカン/\照つた往来を、涙を呑《の》んで歩いてゐるのであつた。けれども、彼もだん/\とそれに慣れては行つた。が、彼は今年になつてはじめて、どこかの場末の町の木陰《こかげ》に荷を下し休んでゐた金魚売を見た時の、その最初の感傷を忘れることが出来ない。……

       四

 いつか、梅雨前《つゆまへ》のじめ/\した、そして窒息させるやうに気紛《きまぐ》れに照りつけるやうな、日が来てゐた。
 彼は此頃《このごろ》午後からきまつたやうに出る不快な熱の為めに、終日閉ぢこもつて、堪へ難い気分の腐触《ふしよく》と不安とになやまされて居る。寝たり起きたりして、喘《あへ》ぐやうな一日々々を送つてゐるのであつた。
 陰気な、昼も夜も笑声ひとつ聞えないやうな家である。が、湿つぽい匂《にほ》ひの泌《し》みこんだ同じやうに汚ならしい六つ七つの室《へや》は、みんなふさがつてゐた。おとなしい貧乏な学生達と、彼の隣室には、若い夫婦者とむかひ合つた室には無職の予備士官がはひつてゐた。そしていつも執拗に子供のことや、暗い瞑想《めいさう》に耽《ふけ》つてぐづ/\と
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