》の乾《かわ》かしやうのないのに困つて、ぼんやりと窓外《まどそと》を眺《なが》めて居た。梧桐《あをぎり》の毛虫はもうよほど大きくなつてゐるのだが、こんな日にはどこかに隠れてゐて姿を見せない、彼は早くこの不吉な家を出て海岸へでも行つて静養しようと、金の工面《くめん》を考へてゐたのであつた。
疲れた彼の胸には、母の手紙は重い響であつた。彼は兎《と》に角《かく》小箪笥《こだんす》を売つて、洋服を送つてやることにした。そして、
「……どうか、そんなことを云はさないやうにして下さい。私はあれをたいへんえらい人間にしようと思つて居るのです。私はいろ/\だめなのです……。どうか卑しいことは云はさないやうにして下さい。卑しい心を起させないやうにして下さい。身体さへ丈夫であれば、今のうちは何もいらないのです……」
彼は子供がいつの間にそんなことを云ふまでになつたかを信じられないやうな、また怖《おそ》ろしいやうな気持で母への返事を書いた。そして彼がこの正月に苦しい間から書物など売払つて送つてやつた、毛糸の足袋《たび》や、マントや、玩具《おもちや》の自動車や、絵本や、霜やけの薬などを子供はどんなに悦《よ
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