、またわが子の我まゝな手紙を読むことに、慰藉《ゐしや》を感じてゐた。
彼等の行つてゐた温泉は、汽車から下りて、谷あひの川に沿うて五六里も馬車に揺られて山にはひるのであつた。温泉の近くには、彼女の信仰してゐる古い山寺があつて、そこの蓴菜《じゆんさい》の生える池の渚《みぎは》に端銭《はせん》をうかべて、その沈み具合によつて今年の作柄や運勢が占はれると云ふことが、その地方では一般に信じられてゐた。彼女もまた何十年となく、毎年今頃に参詣《さんけい》することにしてゐて、その占ひを信じてゐるのであつた。
母の手紙では今年の占ひが思はしくないので気がかりだと云ふこと、互ひに気をつけるやうにせねばならぬと云ふこと、孫のたいへん元気であること、そして都合がついたら孫の洋服をひとつ送るやうにと云ふのであつた。孫は洋服を着たいと云つてきかない、そしてお父さんはいやだ、何にも送つてくれないからいやだと云ふのであつた。彼女はそんなことは云ふものでないと孫を叱《しか》つてゐる。そして靴と靴下だけは買つてやつたが、洋服は都合して送るやうにと云ふのであつた。
それは朝からのひどい雨の日であつた。彼は寝衣《ねまき
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