み》さんが、ゐなか者の女中相手につましくやつてゐるのであつた。樹木の多い場末の、軒の低い平家建の薄暗くじめ/\した小さな家であつた。彼の所有物と云つては、夜具と、机と、何にもはひつてない桐《きり》の小箪笥《こだんす》だけである。桐の小箪笥だけが、彼の永い貧乏な生活の間に売残された、たつたひとつの哀《かな》しい思ひ出の物なのであつた。
 彼は剥《は》げた一閑張《いつかんばり》の小机を、竹垣ごしに狭い通りに向いた窓際《まどぎは》に据《す》ゑた。その低い、朽《くさ》つて白く黴《かび》の生えた窓庇《まどびさし》とすれ/\に、育ちのわるい梧桐《あをぎり》がひよろ/\と植つてゐる。そして黒い毛虫がひとつ、毎日その幹をはひ下りたり、まだ延び切らない葉裏を歩いたりしてゐるのであつたが、孤独な引込み勝な彼はいつかその毛虫に注意させられるやうになつてゐた。そして常にこまかい物事に対しても、ある宿命的な暗示をおもふことに慣らされて居る彼には、その毛虫の動静で自然と天候の変化が予想されるやうにも思はれて行くのであつた。
 孤独な彼の生活はどこへ行つても変りなく、淋《さび》しく、なやましくあつた。そしてまた彼は
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