それでやう/\不定な睡眠をとることにしてゐる。そして病的に過敏になつた彼の神経は、そこらを嗅《か》ぎ廻るやうに閃《ひら》めき動いて、女中を通して、自分のこの室にも病人がゐて、それが彼のはひる少し前に不治の身体になつて帰郷したのだと云ふことや、こゝの主人も丁度昨年の今頃|亡《な》くなつたのだと云ふことなど、断片的にきゝ出し得たのであつた。
 彼は毎晩いやな重苦しい夢になやまされた。

 ……彼の子供は裸体《はだか》になつてゐた。ムク/\と堅く肥え太つて、腹部が健康さうにゆるやかな線に波打つてゐる。そして彼にはいつか二三人の弟妹が出来てゐるのであつた。室は広くあけ放してあつて、青青とした畳は涼しさうに見える。そこには子供の祖父も、祖母も弟妹もゐるのだが、みんなはゴロ/\寝ころんでゐる。唯《たゞ》彼ひとりが、ムクムクと堅く肥え太つて、ゆるやかに張つたお腹を突き出して、非常に威張つた姿勢をして、手を振つて大股《おほまた》に室の中を歩いてゐるのであつた。
 ふと、ペラ/\な黒紋附を着た若い男がはひつて来て、坐つて何か云つてるやうであつた。すると子供は歩くのを止《や》めて、ちよつと突立つて、
「さうか。それではお前はおれの抱《かゝ》へ医者《いしや》になるか――」斯《か》う、万事を呑込んでゐるやうな鷹揚《おうやう》な態度で云ふのであつた。それを傍《そば》から見てゐた父は、わが子のその態度やものの云ひぶりに、覚えず微笑させられたのである。……
 それが夢なのである。彼には幾日かその夢の場の印象がはつきりと浮かべられてゐた。それは非常に大きなユーモアのやうにも考へられるのである。また子供といふものの如何《いか》にさかんなる矜《ほこ》りに生きて居るかと云ふことを思はしめるのである。それからまた、辛うじて医薬によつて支《さゝ》へられてゐた彼の父の三十幾年と云ふ短い生涯から彼自身の健康状態から考へて、子供の未来に、暗い運命の陰影を予想しないわけに行かないのであつた。

       五

 久しぶりで郷里の母から手紙があつた。母は彼女の孫をつれて、ひと月余り山の温泉に行つてて、帰つて来たばかりのところなのである。
 彼女は彼女の一粒の子と、一粒の孫とを保護するためにこの世に生れて来、活《い》きてゐるやうな女であつた。そして月に幾度となく彼女の不幸な孫の消息について、こま/″\と書き送りもし
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