されたりした。
「近所ではそんな風に思つてゐるのかなあ。何しろこの邊と來てはそんなことの流行《はや》るところだからな。……それではどうかね、ひとつ僕等もこさへて見ようか知ら。おせいちやんさへ構はないんだと、僕はちつとも構はないね。僕に落胤があるなんて、男の面目としてもわるい話ぢやないな」と、私も冗談らしく云つたが、しみ/″\と顏を視てゐると、やはり氣の毒な氣がして來る。
 山の上の部屋借りの寺へ高い石段を登り降りして三度々々ご飯を運び、晩は晩で十二時近くまで私の永い退屈な晩酌のお酌をさせられる――雨、風、雪――それは並大抵の辛抱ではなかつた。それが丁度まる三年續いた。まる三年前の十二月、彼女の二十歳の年だつたが、それがあと半月で二十四の春を迎へるのだつた。その三年の間、彼女は私の貧乏、病氣、癇癪、怒罵――あらゆるさうしたものを浴びせかけられて來た。私はエゴイストだ。また物質的にも精神的にも少しの餘裕もない生活だつた。私は慘めな自分の力いつぱい仕事に向けるやうにして、喘ぐやうな一日一日を送つて來たのだつた。「少し長いものが一つ出來るまで世話して置いて呉れ。それさへ出來たらお前のとこの借金
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