われは一向|親交《ちかづき》なし。鉄《くろがね》を掘りに来給ふとも、この山には銅《あかがね》も出はせじ」ト、訳も解らぬことをいふに。「酔ひたる者と問答無益し、ただ一噬み」ト寄らんとすれば、黒衣は慌しく松の幹にすがりつつ、「こは情なの犬殿かな。和殿も知らぬことはあるまじ、わが先祖《とおつおや》巌上甕猿《いわのえのみかざる》は。和殿が先祖|文石大白君《あやしのおおしろぎみ》と共に、斉《ひとし》く桃太郎子《もものおおいらつこ》に従ひて、淤邇賀島《おにがじま》に押し渡り、軍功少からざりけるに。何時《いつ》のほどよりか隙《ひま》を生じて、互に牙を鳴《なら》し争ふこと、実《まこと》に本意なき事ならずや。さるによつて僕《やつがれ》は、常に和殿|們《ら》を貴とみ、早晩《いつか》は款《よしみ》を通ぜんとこそ思へ、聊《いささ》かも仇する心はなきに、何罪科《なにとが》あつて僕を、噬《かま》んとはしたまふぞ。山王権現の祟《たた》りも恐れ給はずや」ト、様々にいひ紛らし、間隙《すきま》を見て逃げんと構ふるにぞ。鷲郎|大《おおい》に焦燥《いら》ちて、「爾《なんじ》悪猿、怎麼《いか》に人間に近ければとて、かくはわれ曹
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