黒衣にてはあらぬか」ト、指《さ》し示せば黄金丸は眺めやりて、「いかさま見違《みまご》ふべきもあらぬ黒衣なり。彼奴《きゃつ》松の幹に登らんとして登り得ぬは、思ふに今まで金眸が洞にありて、酒を飲みしにやあらん。引捕《ひっとら》へて吟味せば、洞の様子も知れなんに……」「他《かれ》果して黒衣ならば、われまづ往きて他を噬《か》まん。さきに聴水とも約したれば」ト、いひつつ走りよりて、「やをれ黒衣、逃《にぐ》るとて逃さんや」ト、一声高く吠《ほ》えかくれば。猿は礑《はた》と地に平伏《ひれふ》して、熟柿《じゅくし》臭き息を吻《つ》き、「こは何処《いずく》の犬殿にて渡らせ給ふぞ。僕《やつがれ》はこの辺《あたり》に棲《す》む賤《いや》しき山猿にて候。今|宣《のたも》ふ黒衣とは、僕が無二の友ならねば、元より僕が事にも候はず」ト。いふ時鷲郎が後より、黄金丸は歩み来て、呵々《からから》と打笑ひ、「爾《なんじ》黒衣。縦令《たと》ひ酒に酔ひたりともわが面《おもて》は見忘れまじ。われは昨日|木賊《とくさ》ヶ原《はら》にて、爾に射られんとせし黄金丸なるぞ」ト、罵れば。他なほ知らぬがほにて、「黄金殿か白銀《しろかね》殿か、
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