に足をとられて、千仞《せんじん》の渓《たに》に落ちんとす。鷲郎は原来|猟犬《かりいぬ》にて、かかる路には慣れたれば、「われ東道《あんない》せん」とて先に立ち、なほ路を急ぎけるほどに、とかくして只《と》ある尾上《おのえ》に出でしが。此処はただ草のみ生ひて、樹は稀《まれ》なれば月光《つきあかり》に、路の便《たより》もいと易《やす》かり。かかる処に路傍《みちのほとり》の叢《くさむら》より、つと走り出でて、鷲郎が前を横切るものあり。「這《しゃつ》伏勢ござんなれ」ト、身構へしつつ佶《きっ》と見れば、いと大《おおい》なる黒猿の、面《おもて》蘇枋《すおう》に髣髴《さもに》たるが、酒に酔ひたる人間《ひと》の如く、※[#「人べん+稜のつくり」、109−3]※[#「人べん+登」、109−3]《よろめ》きよろめき彼方《かなた》に行きて、太き松の幹にすがりつ、攀《よじ》登らんとあせれども、怎麼《いか》にしけん登り得ず。幾度《いくたび》かすべり落ちては、また登りつかんとするに。鷲郎は見返りて、黄金丸に打向ひ、「怎麼に黄金丸、彼処《かしこ》を見ずや。松の幹に攀らんとして、頻《しき》りにあせる一匹の猿あり。もし彼の
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