に追はれし故なるべし。さりとは露ほども心付かざりしこそ、返す返すも不覚なれ。……ああ、これも皆聴水が、悪事の報《むくい》なりと思へば、他を恨みん由あらねど。這奴《しゃつ》なかりせば今宵もかく、罠目《わなめ》の恥辱はうけまじきに」ト、悔《くい》の八千度百千度《やちたびももちたび》、眼を釣りあげて悶《もだ》えしが。ややありて胸押し鎮《しず》め、「ああ悔いても及ぶことかは。とてもかくても捨《すつ》る命の、ただこの上は文角ぬしの、言葉にまかせて金眸が、洞の様子を語り申さん。――そもかの金眸大王が洞は、麓を去ること二里あまり、山を越え谷を渉《わた》ること、その数幾つといふことを知らねど。もし間道より登る時は、僅《わずか》十町ばかりにして、その洞口《ほらのくち》に達しつべし。さてまた大王が配下には、鯀化《こんか》(羆《ひぐま》)黒面《こくめん》(猪《しし》)を初めとして、猛き獣|們《ら》なきにあらねど。そは皆各所の山に分れて、己《おの》が持場を守りたれば、常には洞の辺《ほとり》にあらずただ僕《やつがれ》とかの黒衣のみ、旦暮《あけくれ》大王の傍《かたわら》に侍りて、他《かれ》が機嫌を取《とる》ものか
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