かかる事を作《な》すにやト、更に心に落ちざりしに、今爾が言葉によりて、他《かれ》が狼藉の所以《ゆえ》も知りぬ。然るに他《かれ》今日もまた、同じ処に忍びゐて。われを射んとしたりしかど。此度《こたび》もその矢われには当らず、肩の辺《あたり》をかすらして、後の木根《きのね》に立ちしのみ」ト。聞くに聴水は歯を咬切《くいしば》り、「口惜しや腹立ちや。聴水ともいはれし古狐が、黒衣ごとき山猿に、阿容々々《おめおめ》欺かれし悔しさよ。かかることもあらんかと、覚束なく思へばこそ、昨夕《ゆうべ》他が棲《す》を訪づれて、首尾|怎麼《いか》なりしと尋ねしなれ。さるに他《かれ》事もなげに、見事仕止めて帰りぬト、語るをわれも信ぜしが。今はた思へば彼時に、躯《むくろ》は人間《ひと》に取られしなどと、いひくろめしも虚誕《いつわり》の、尾を見せじと思へばなるべし。かくて他われを欺きしも、もしこの後《のち》和殿に逢ふことあらば、事|発覚《あらわ》れんと思ひしより、再び今日も森に忍びて、和殿を射んとはしたりしならん。それにて思ひ合すれば、さきに藪陰にて他に逢ひし時、太《いた》く物に畏《お》ぢたる様子なりしが、これも黄金ぬし
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