神通なければ、つひに鈍《おぞ》くも罠に落ちて、この野の露と消えんこと、けだし免《のが》れぬ因果応報、大明神の冥罰《みょうばつ》のほど、今こそ思ひ知れよかし。されども爾|確乎《たしか》に聞け。過ちて改むるに憚《はばか》ることなく、末期《まつご》の念仏一声には、怎麼《いか》なる罪障も消滅するとぞ、爾今前非を悔いなば、速《すみや》かに心を翻へして、われ曹《ら》がために尋ぬることを答へよ。已《すで》に爾も知る如く、年頃われ曹彼の金眸を讐《あだ》と狙ひ。機会《おり》もあらば討入りて、他《かれ》が髭首|掻《かか》んと思へと。怎麼にせん他が棲む山、路《みち》嶮《けん》にして案内知りがたく。加之《しかのみならず》洞の中《うち》には、怎麼なる猛獣|侍《はん》べりて、怎麼《いか》なる守備《そなえ》ある事すら、更に探り知る由なければ、今日までかくは逡巡《ためら》ひしが、早晩《いつか》爾を捕へなば、糺問なして語らせんと、日頃思ひゐたりしなり。されば今われ曹《ら》が前にて、彼の金眸が洞の様子、またあの山の要害怎麼に、委敷《くわし》く語り聞かすべし。かくてもなお他を重んじ、事の真実《まこと》を語らずば、その時こそ
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