聴水は、金眸が股肱《ここう》の臣なれば、他《かれ》を責めなば自《おのず》から、金眸が洞《ほら》の様子も知れなんに、暫くわが為《な》さんやうを見よ」ト、いひつつ進みよりて、聴水が襟頭《えりがみ》を引掴《ひっつか》み、罠を弛《ゆる》めてわが膝《ひざ》の下に引き据《す》えつ。「いかにや聴水。かくわれ曹《ら》が計略に落ちしからは、爾《なんじ》が悪運もはやこれまでとあきらめよ。原来爾は稲荷大明神《いなりだいみょうじん》の神使《かみつかい》なれば、よくその分を守る時は、人も貴《とうと》みて傷《きずつ》くまじきに。性|邪悪《よこしま》にして慾深ければ、奉納の煎《あげ》豆腐を以《も》て足れりとせず。われから宝珠を棄てて、明神の神祠《みやしろ》を抜け出で、穴も定めぬ野良狐となりて、彼の山に漂泊《さまよ》ひ行きつ。金眸が髭《ひげ》の塵《ちり》をはらひ、阿諛《あゆ》を逞《たく》ましうして、その威を仮り、数多《あまた》の獣類《けもの》を害せしこと、その罪|諏訪《すわ》の湖よりも深く、また那須野《なすの》が原《はら》よりも大《おおい》なり。さばれ爾が尾いまだ九ツに割《さ》けず、三国《さんごく》飛行《ひぎょう》の
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