り狂ひ。さては途中にふり落せしならんと、引返して求むれど、これかと思ふ影だに見えぬに、今はた詮《せん》なしとあきらめしが。諦《あきら》められぬはわが心中。彼の聴水が所業《しわざ》なること、目前《まのあたり》見て知りしかば、いかにも無念さやるせなく。殊《こと》には他《かれ》は黄金丸が、倶不戴天《ぐふたいてん》の讐《あだ》なれば、意恨はかの事のみにあらず。よしよし今宵は引捕《ひっとら》へて、後黄金丸に逢ひし時、土産《みやげ》になして取らせんものと、心に思ひ定めつつ。さきに牛小屋を忍び出でて、其処よ此処よと尋ねめぐり、端《はし》なくこの場に来合せて、思ひもかけぬ御身たちに、邂逅ふさへ不思議なるに、憎しと思ふかの聴水も、かく捕はれしこそ嬉しけれ」ト、語るを聞きて黄金丸は、「さは文角ぬしにまで、かかる悪戯《いたずら》作《な》しけるよな。返す返すも憎き聴水、いで思ひ知らせんず」ト、噬《か》みかかるをば文角は、再び霎時《しばし》と押し隔て、「さな焦燥《いら》ちそ黄金丸。他《かれ》已《すで》に罠に落ちたる上は、俎板《まないた》の上なる魚《うお》に等しく、殺すも生《いか》すも思ひのままなり。されども彼の
前へ 次へ
全89ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
巌谷 小波 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング