細の候《そうろう》て、今宵此処には来たまひたる」ト、連忙《いそがわ》しく尋ぬれば。「さればとよよく聞《きき》ね、われ元より御身たちと、今宵此処にて邂逅《めぐりあ》はんとは、夢にだも知らざりしが。今日しも主家の廝《こもの》に曳《ひ》かれて、この辺《あたり》なる市場へ、塩鮭|干鰯《ほしか》米なんどを、車に積《つみ》て運び来りしが。彼の大藪《おおやぶ》の陰を通る時、一匹の狐物陰より現はれて、わが車の上に飛び乗り、肴《さかな》を取《とっ》て投げおろすに。這《しゃ》ツ憎き野良狐めト、よくよく見れば年頃日頃、憎しと思ふ聴水なれば。這奴《しゃつ》いまだ黄金丸が牙にかからず、なほこの辺を徘徊《はいかい》して、かかる悪事を働けるや。将《いで》一突きに突止めんと、気はあせれども怎麼にせん、われは車に繋《つ》けられたれば、心のままに働けず。これを廝に告げんとすれど、悲しや言語《ことば》通ぜざれば、他《かれ》は少しも心付かで、阿容々々《おめおめ》肴を盗み取られ。やがて市場に着きし後、代物《しろもの》の三分《みつ》が一《ひとつ》は、あらぬに初めて心付き。廝は太《いた》く狼狽《うろた》へて、さまざまに罵《ののし》
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