《く》はしたれ。われもまた爾がためには、罪もなきに人間《ひと》に打たれて、太《いた》く足を傷《きずつ》けられたれば、重なる意恨《うらみ》いと深かり。然るに爾その後《のち》は、われを恐れて里方へは、少しも姿を出《いだ》さざる故、意恨をはらす事ならで、いとも本意《ほい》なく思ふ折から。朱目《あかめ》ぬしが教へに従ひ、今宵此処に罠を掛《かけ》て、私《ひそ》かに爾が来《きた》るを待ちしに。さきにわがため命を棄《すて》し、阿駒《おこま》が赤心《まごころ》通じけん、鈍《おぞ》くも爾釣り寄せられて、罠に落ちしも免《の》がれぬ天命。今こそ爾を思ひのままに、肉を破り骨を砕き、寸断々々《ずたずた》に噛みさきて、わが意恨《うらみ》を晴らすべきぞ。思知つたか聴水」ト、いひもあへず左右より、掴《つか》みかかつて噛まんとするに。思ひも懸けず後より、「※[#「口+約」、101−4]《やよ》黄金丸|暫《しばら》く待ちね。某《それがし》聊《いささ》か思ふ由あり。這奴《しゃつ》が命は今|霎時《しばし》、助け得させよ」ト、声かけつつ、徐々《しずしず》と立出《たちいず》るものあり。二匹は驚き何者ぞと、月光《つきあかり》に透《
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