んに」ト、彼の黒衣が虚誕《いつわり》を、それとも知らで聴水が、佻々《かるがる》しくも信ぜしこそ、年頃なせし悪業の、天罰ここに報い来て、今てる空の月影は、即ちその身の運のつき[#「つき」に白丸傍点]、とは暁得《さと》らずしてひたすらに、興じゐるこそ愚なれ。
折しも微吹《そよふ》く風のまにまに、何処《いずく》より来るとも知らず、いとも妙《たえ》なる香《かおり》あり。怪しと思ひなほ嗅《か》ぎ見れば、正にこれおのが好物、鼠の天麩羅《てんぷら》の香なるに。聴水忽ち眼《まなこ》を細くし、「さても甘《うま》くさや、うま臭《くさ》や。何処《いずく》の誰がわがために、かかる馳走《ちそう》を拵《こしら》へたる。将《いで》往《ゆ》きて管待《もてなし》うけん」ト、径《みち》なき叢《くさむら》を踏み分けつつ、香を知辺《しるべ》に辿《たど》り往くに、いよいよその物近く覚えて、香|頻《しき》りに鼻を撲《う》つにぞ。心魂《こころ》も今は空になり、其処《そこ》か此処《ここ》かと求食《あさ》るほどに、小笹《おざさ》一叢《ひとむら》茂れる中に、漸《ようや》く見当る鼠の天麩羅《てんぷら》。得たりと飛び付き咬《く》はんとすれ
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